鳩待峠から降りて行くと、石段が途中から木道に変わります。
それほど朝早いわけではありませんが、
ほとんど人が歩いていません。
そんな中、先に大きな荷物を背負った人が歩いていました。
なんと、ポリ缶を3つほど背負っています。
その姿を見て、ネパールの風景を思い出しました。
ネパールでは、山道を裸足で
一斗缶を五個も乗せて歩いている人たちがいました。
一斗缶が十八キロだとすると、九十キロになります。
それを紐で吊るし、頭で支えていたのです。

いたるところに荷物を下ろすための場所がありました。
大きな木の周りに周囲に1mほどの高さに石を積んであり、
荷物を抱えた人はそこに荷物を載せて休んでいました。
一旦荷物を地面に下ろしたら、
もう二度と持ち上げることはできないでしょうから。
一度足を触らせてもらったことがあります。
足の裏はゴム草履のように硬かったです。
前を歩く人の後ろからポリ缶の数を数えてみました。
それも灯油缶のようで、一つが18キロ程度。
多分六十キロぐらいかと思います。
それを高く積み上げ、背中が引っ張られないように、
上の方でバランスを取りながら歩いていました。
おそらく山小屋へ灯油を運んでいるのでしょう。
大変な作業なので、「ご苦労様」「お疲れ様」
と声をかけながら横を通り抜けていきます。
しばらく歩くと、「熊注意」の立て札が立っています。
前を鈴を下げた年配の方が歩いておられたので追い越しがてら、
「その鈴は熊よけですか?」と聞くと、
「そう、家族が、鈴をつけないと行っちゃダメ、って言うもので」と答え。
途端に熊のイメージが湧いてきて、
林の向こうの木の陰に熊がいそうな気になってしまいます。
イメージの力というのは強いものです。

30分ほど歩くと山小屋がありました。
そこから平坦な道に変わり、広い湿地が広がっています。
みなさんピッケルをもって重装備で歩かれています。
多分山小屋に泊まり、周りの山々を登られるのでしょう。
私はというと、平坦な道を少し歩くだけなので、
下はジャージで上は降りてくる途中の運動で熱くなり、
上着を脱ぎ、半袖で歩いています。

あるグループの方々とすれ違ったときに
「おはようございます」と声をかけると、
グループの最後尾の方が親しげに私を見つめて、
「そんな格好で大丈夫ですか?
これから先、風がかなり強いですよ」
と心配して言われました。
「このリュックの中に服が入っているので大丈夫です」
と言って通り過ぎます。
途中で休んでいる方にも「元気やね」と声をかけられます。
ニコッと笑って「ありがとうございます」と言い、通り過ぎます。

途中ルートマップを見ながら何時に引き返せばいいか計算します。
一時半のバスに乗らなければレンタカーを返せません。
そこで逆算して、十時過ぎに折り返せば間に合うと算段を立て、
黙々と歩きます。
歌を歌うどころではありません。
途中、たくさんの小さな池があります。
残念ながら曇りなので、水面に青い空を映すことはできません。
「さぞかし美しい風景が広がるんだろう」と想像しながら歩きます。
遠くの池でさざ波が立っています。
さざ波を撮るのが好きな私はスマホで撮ってみますが、
なかなか良い写真が撮れません。
諦めて先を進みます。
歌の歌詞にもある「水芭蕉~の花」はすでに終わり、
葉っぱだけが残っています。
木道を歩いていて気がついたのですが、
新しい木道と古い木道があります。
途中で工事をしている場所もあります。
ヘリコプターで吊り卸されたおおきな木材が横に置かれています。

木道には焼き印が押されており、
2019などの年号が書かれています。
2025年のものは真新しくしています。
そして横には「TEPCO」と書いてあります。
後で看板を見てわかったのですが、TEPCOとは東京電力のことで、
東京電力が資金を出して木道を整備しているようです。
この尾瀬の環境保護の資金や活動は
どうなっているのだろうと考えていたところでした。
東京電力が大きくかかわっているようです。
帰りのバスの運転手さんのアナウンスによると、
この尾瀬は以前、ある企業が所有していて、
そこにダムを作る計画があったそうです。
終戦後、GHQがこの場所を占領しようとしたとき、
東京電力がこの土地を買い取り、それを防いだと聞きました。
ありがたいことに、ダムは作られなかったようです。
また、古くなった木を見ていて同じような裂け目があります。
裂け目はまっすぐに走らず、
斜線を引いたように短い筋が何本も入っています。
他の木道の木を見てもおなじようになっています。

先日板を割っているときに
同じような不思議な割れ方をしたので、気になっていました。
新たな木の性質が問いかけてきます。
あれこれと理由を考えてみますが分かりません。
広い平原に木道がはるかに伸び、
周りは山に取り囲まれています。
正面のはるか先に見えるのは燧ヶ岳です。
ここで「夏の思い出」を歌おうかと、
スマホで歌詞を検索しましたが、
電波が通じていず、諦めます。
この場所は、かつて湖だったのだろうと想像します。
長い年月を経て地面が盛り上がり、湿原になったのでしょう。
時おり雨が混じりの天気ですが、
ときどき晴れ間がさしてきます。
雨だと諦めてやってきたのですが、
曇りすぎず、暑くもなく、
何よりも人が少なく、最高のコンディションです。
「尾瀬は人が多いよ!」と脅かされていましたので…
龍宮小屋のところまで来たときには、
すでに十時になっています。
この先にも行きたかったのですが、
そこから別ルートを通って回り道で戻ることにします。
少し戻って、分かれ道を北の方に東電小屋の方に進むと、
途端に人がいなくなります。
周りにはシダがエビ茶色に枯れ、
周りの緑とのコントラストがとてもきれいです。
まるで炎のように輝いています。

遠くには湿原の中に単独で立つ樹があり、その存在感は見事です。
まるで枝を広げ、手を伸ばして世界を受け入れているかのようです。

木道の上に黒い小さな動物を見つけました。
持ち上げてお腹を見ると真っ赤。イモリです。
こんなところで暮らしているのでしょうか。
踏まれないように湿地の中へ戻してあげます。
しばらく歩くと、一匹、また一匹と木道の上にいます。

不思議に思うのは、「熊注意」の看板はあるのに、
「マムシ注意」の看板がないことです。
九州であれば、こうした湿地には必ず「マムシ注意」の看板があります。
ところどころ「スズメバチ注意」はありますが、
「イノシシ注意」や「シカ注意」の看板もありません。
多分、熊の存在が大きすぎて、
他の動物への注意が過小評価されているのかもしれません。
湿原にはほとんど木がなく、
川や小川の周りだけに木が生い茂っています。
主に白樺の木です。
不思議です。

木道を三十分ほど歩くと左右の分かれ道に出ます。
右に折れたところに
「東電小屋への道、熊の目撃情報あり」と書かれた看板。
多分この情報が拡散されて、
こちらの道にはより人が少ないのかもしれません。
その先に橋がかかっていたので、
恐る恐る、少しそちらに歩いてみます。
川の上から水面を覗くと、
水草が水に揺られ、心地よさそうに揺れています。

道を戻り、木道を歩き続けます。
途中、一組の人に会ったきり、全く人に会いません。
広い湿原の真ん中で一休み。
木道の上に寝転がると、
陽が差してきて、とても心地がいいです。
時間を気にして早いペースで歩いてきたので、ひと休み。
ひとときの日向ぼっこです。
少し時間に余裕ができたので、のんびりと過ごします。
池を見ると、草の茎のところの水面が盛り上がり、
光を反射して白く輝いています。
とてもきれいです。

しばらく歩くと、元ルートと合流する地点にやってきました。
そこに小さな池があります。
空の切れ目から青空が見えるのに、水面にはその青が映りません。
見えるのは水底の黒い土だけ。

「そんなはずはない」と思い、
青く見えるように集中してみます。
見えないので写真を撮ってみると、
写真には綺麗な青が映っています。
再び集中して、青い色を感じるようにしてみます。
コツは、池を立体ではなく平面としてみることです。
しばらく集中しているうちに、
青色が見えるようになりました。
満足して元来た道を戻ります。

向こう側からは人々が歩いてきます。
現実に帰ったような感じです。
やはり、周りの世界を体験するには、人がいないのが一番です。
途中、数人の人たちが池の前で写真を撮っていました。
看板には「逆さ燧ヶ岳が撮れるスポット」と書かれています。
残念ながら今日は風があり、水面が揺れているため、
山ははっきりとは映っていません。
風のない晴れた朝には、きっと美しい山が映るのでしょう。
韓国の団体の方々も通り過ぎていきます。
二人連れに「こんにちは」と声をかけると、
「アニョハセヨ」と返ってきました。
「アニョハセヨ」と返すと
「アニョハセヨって言われた!」と喜ばれました。
最初の山の鼻山小屋までたどり着きました。
ルートマップを見ると、
行きは三十分だったのに、帰りは一時間とあります。
「これは急がないと間に合わない」と思い、
ペースを上げます。
途中、慌てて走って転んでしまいましたが、
頑張って登ると、なんと一時間前のバスにギリギリ間に合いました。
バスは満席で、助手席に座ります。
隣の席の方が「いつもは人が多いのに、
今日はなぜか少ないんですよ。」
と言われるので、
「私はその訳が分かります。」と答えました。
興味津々に「それはなぜですか?」
と訊かれたので、
「それは私が来たからです」と答えると、
「まさか」とかなり引かれてしました。
もちろんその方は、私の名立たる
<おひとり様貸し切り伝説>
を知る由もありませんから、仕方がありません。
その方は東京にお住まいですが、
なんと私の地元である唐津の七山に住んでいたことがあると言われ、
少し雰囲気が和らぎます。
駐車場に着き、時間の余裕があるので、
着替えてからバス停の職員の方に聞いてみます。
「熊、見たことありますか?」
「もちろん見たことあるさ」との答え。
やはり恐ろしいところです。
帰宅してから、
熊ではなく、あの青い池のことを思い出していました。
広い空を映すたくさんの池。
それはまるで、思い出を映した心の鏡のようだと思いました。

そうか、「夏が来れば思い出す」のは、
「あの池に映った風景のことなのかもしれない。」
そう思いました。
つれづれ517 夏が来れば思い出すPart 2
2025/10/17 井手芳弘