第38回 ただ何となく

もともと好きなことは日向ぼっこだったのです。

時間さえあるとよく人がいないところに出かけては、

水面を見つめていることが多かったように思います。

こういう自分は、あまりに年寄りくさく、とても明るくさわやかな高校生のイメージから遠く、

女の子と付き合う勇気もなく、自分のような人間とは誰も話すのは退屈だろう、

という思いからただひたすら、隠れるようにしてやっていました。

ある種の諦めと、自分の居場所に帰ってきたような妙な安堵感。

ひたすら水面を見つめていました。

これって、若い時代の感傷だったのでしょうか。

ただ、ちがっていたのは、これがいまだに続いているということです。

これって、若い時代が続いているということですかね(……まさかね)。

でもね、感傷的な鋭い感性では気付かないこともあるんだと思うよ。

そう、実はこうやって眺めていた先のことなんか考えたこともなかったよね。

そこに、落ち葉が流れていたなんて。……自分の心の中に落ち葉が流れている?

 

 

そう、こうやって流れていたものがあったんだね。

ひとつ落ち葉が流れてきては遠ざかって行く。そしてまた次の落ち葉が流れてくる。

でも気づかなかったんだ。

その落ち葉の流れる水の底に出来ていたものを。

そこには流れる落ち葉の形と似ても似つかぬ形が。

プックリ、プックリと団子のように形を変えた挙句、先には星の形の光を従えたりして。

ああ、葉っぱが流れる。次から次に休みなく。

その都度、水の底にはちがった形の影が流れる。次から次に。

 

 

星が流れる。水底に生まれるのは明るい星の輝き、どうして水底に光の星?

そうそれは水面に生まれる泡のせい。泡は次から次に生まれては流れていく。

星も生まれては消えていく。

全ては流れていく。

こんなに豊かな世界がこの中にあったんだ。だから、陽だまりの水面はボーッとしてしまっていたんだね。

 

2005.11.18

 

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