第56回 それは決まってカメラを置いてきた時

 

災害は忘れたころにやってくる、という言葉があるが、それに付け加えたいのは、

<新しい発見は忘れたころにやってくる>という言葉、それと、

<新たな発見の写真を撮りたいときは、必ずカメラを忘れた時にやってくる>という言葉。

つまり、そこに行っても何にも新たな発見はないだろうという気持ちで出かけるときに限って、

何かが生まれるということ。

 

新たな発見をする場所は、いつも決まって、

何の変哲もないところ、ここには何も物珍しいものはないだろうと思う場所。

カメラを置いていこう。

何かを発見しようなんて気を起こすのはやめよう。

すべておいて入っていこう。

そこが有名な場所でなければないほどいいかもしれない。

 

タイムスリップは突然やってくる。

後ろ影に気をつけろ。

何かを感じたら振り返るんだ。

そして、探せ!何が語りかけたかを。

 

・・・・・

あれは ある朝のこと、

ほとんど徹夜状態で仕事をした後、湧き水を汲んで家に帰ろうと、山を経由して走っていたときの事。

ふと朝風呂もいいかもしれないと立ち寄った滝見の湯、玄関を開けてみると開店まで後10分。

それならば、とそばにあった渓谷を散歩しようという気になり、歩き始める。

たいしたことのない渓谷だから、何の期待もしない。

カメラなんか持って行かない。

だって、何の変哲もないしょうもない渓谷、写真に取る価値もないだろうと思ってしまう。

・・・いつも始まりは、何の変哲もないところ・・・

 

しばらく歩いてみる。

たいしたことないだろうけれど、とにかく歩こう、と考えながら。

確かに、小さな渓流で、渓谷というには少しはばかられるところ

でも良い所は、人が少ないところ。

誰にも邪魔されずに、ゆっくりと自分を溶かし出しながら歩いていこう。

そういえば久しぶりのような気がする、こうやって、何も考えずたたずむように歩いていけることは。

自分が本当にやりたかったことはやっぱり日向ぼっこかもしれない

(夏は暑いよね、夏は日陰ぼっこかな)などと妙な考えが頭をよぎる。

カメラを置いていこう。

何かを発見しようなんて気を起こすのはやめよう。

すべて置いて入っていこう。

そこが有名な場所でなけれがないほどいいかもしれない。

 

タイムスリップは突然やってくる。

後ろ影に気をつけろ。何かを感じたら振り返るんだ。

そして、探せ!何が語りかけたかを。

 

 

誰もいない渓谷の岩の上に横たわる。

本当に久しぶり、独りでいられる開かれた場所。

周りはすでに30度を超えているだろう夏の日、ここは自然のエアコンが効いている。

ずっといたい、ずっとこのまま寝っころがっていたい。(そうしたかったらそうしたらいいんだよね)

 

 

やっぱり起き上がると、来た道を戻り始める。

しばらく戻ると淵に木漏れ日がさしている場所に来る。

来るときも見た情景。

光が射し込み、その道筋が水の中に見える。

そうだよね、射して来る光は広がるんだよね。

と自分で納得しながら、水面を眺める。

通り過ぎようとして・・・

ん・・・?と思う。

光は広がっていない、なぜ?

それどころか狭まっている、なぜ?

胸騒ぎとともにそこに立ち止まる。

なぜ、なぜ、なぜ?

今までの知っていることを総動員させながら考える。

光のことは知っていたはずじゃなかったのか?

光のことは知っていたはずじゃなかったのか?

どこからともなくその言葉がやってくる。

 

 

忘れていた。

自分を通り過ぎた太陽の光が縮まっていくと言うことを。

飛行機から見た、光の柱で体験済みなのに、新たな出来事にはまったく無力。

でも、誰が考えただろうか、光が水の中で集約していくなんて。

あっ!頭の影からの光と同じことじゃないか。

あの時は波によって屈折した光が、集約していったが、

今回は木漏れ日の丸い光が私の頭の影に向かって集約していく。

すべての木漏れ日が波で屈折しながら私の影に向かって、

じっとしていろよ おりこうさん

私がカメラを持ってくるまで、頼むからそのままでいるんだぞ!

 

2006.08.18.

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