264 ザーレム研修・2

まず、紹介し忘れた、

ザーレムライアのスタッフたちをご紹介します。

何ヶ所かで撮った写真の一つです。

これだけのスタッフが頑張っているのを

ザーレムのHPに載せようと、

スタッフから声が上がり、撮影しました。

初めてのスタッフ写真だということで、

どうして、今までスタッフ写真がなかったのか、

不思議なくらいです。

「お前も、日本代理店として一緒に写るんだ、」と言われ、

三脚を立ててセルフで撮りました。

前日に「写真を撮ろう!」とニーダーさんが提案したら、

「私は髪型がいまいち。」

「おれ髭剃ってない。」

と次の日に持ち越しになりました。

前列左が言わずもがな、

ニーダー氏です。

皆さん親しいDuで話されているので、

皆さんからはホルストと呼ばれています。

その後ろはニーダーさんの奥さんエスタさんです。

娘4人息子1人(残念ながら亡くなられました。)

の子どもたちを育てられ、

やっと大きくなったと思ったら、

今度はそのお孫さんたちが次々に生まれ、

皆さん近くに住まわれていて、

今度は引き続き5人のお孫さんの世話で大変なようです。

オイリュトミーの学校や幼稚園の学校を出られ、

私が行ったエンゲンのユーゲントゼミナール

(若者のための寄宿アントロポゾフィーオリエンテーション学校)の先輩でもあります。

今もオイリュトミーや野草の研究会に参加されています。

本好きで、「結婚した時に本を運ぶのにどれだけ大変だったか。」

とニーダー氏が笑いながら語っていました。

見かけはとてもきゃしゃで、

ほとんど生の野菜や果物しか食べられませんが、

「山登りをすると先にどんどん行ってしまう、

まるで鹿みたいな野生児だ。」とニーダーさんが言っていました。

ちなみに奥さんはスイスの山の出身だそうです。

結婚後、ご主人のもとで弟子第1号として、

妊娠でお腹が機械に当たりながらも

頑張られたタフな方です。

前列右はヒルディガートさん。

毎日午前中だけ来てくれています。

事務をやってもらおうと雇ったそうですが、

生来の手先の器用さで

みるみる弦作りが上達され、

今や弦作りとライアの弦貼りを

一手に引き受けられています。

親や親戚に職人の方々が多いそうで、

「そういう素質もあるかも。」

とニーダーさんは言っていました。

後列右はアンドレアスさん、

ギターづくりのマイスターです。

昨日の無精ひげとはうって変わって、

つるつるの卵のような顎になっていました。

現在、週2日ほど働かれていますが、

先々働く日数を増やすそうです。

その隣は、ヨシ、こと日本担当ペロルの井手でーす。

かなり、疲れているようです。

1年前に来た時には、

10年ほど働いていたマーティンという職人の人がいましたが、

今は彼は退職して、独自にライアを作り始めたようです。

ちなみに、

ユーロ圏になる前は、

ドイツではマイスターの資格を取らない限り、

工房を持って独立することはできなかったそうですが、

現在は規制が緩和され、

資格がなくても誰でも工房を持って独立でき、

最初は無税で開業資金の援助もしてくれるそうです。

独立しやすくなったけど、

その代わり後が大変だ、

とニーダーさんは語っていました。

またまた、ライア作りについて書くのが

先延ばしになってしまいました。

いよいよライア製作の開始です。

金曜日の夜に到着して、

土曜日の朝にはもう始まりました。

「とりあえず、カットして貼り合わせた木があるけど

それを使うかい?」

「早くて済むけど。」

といわれましたが、

もちろんそんなものを使うつもりはありません。

もちろん最初からです。

木の材質も、一番オーソドックスなカエデを選びました。

前回に紹介した倉庫から材料を取り出し、

型紙を使って

ライアの大まかな形にバンドソー(帯鋸)でカットしました。

もしものことを考えて、

2台同時に作ることにしました。

つぎに、

木と木をつなぐジョイントの部分を

機械で削っていく作業です。

この作業はとても危険だ、

と言うことでさせてもらえませんでした。

出来上がったものに接着剤をつけて、

クランプで閉めて接着していきます。

クランプで閉めるのも要領があり、

締める場所を少しでも間違えると、

枠がずれていきます。

何とか締めて一晩乾かすことになります。