新聞に連載されている記事で、はまっているものがあります。
それは、阿蘇の草原保全をされている方のもので、
<自然に存在していると思っていた草原が
いかに人の手によって保護されているか>
ということが書かれています。
阿蘇の草原が大好きな私は、
全く知らなかった事実に驚くばかりです。
私が最初に阿蘇の草原に行ったのは
中学校の修学旅行のときでした。
こんなに広い草原があるのか、と驚いたものです。
また大学に入って出かけたときに、
有名な観光地である阿蘇の駅が
とてもローカルで小さいことにも驚きました。
大学時代には、ことあるごとに
阿蘇の北外輪の草原に出かけていました。
夏休みに、一人でテントを背負って
4日ほどかけ、外輪を縦断したこともあります。
とても楽しかった思い出です。
その記事によると、以前は国土の10%ぐらいが草原だったけれど、
現在は1%ぐらいになっているとのことでした。
前は家の屋根ふきに草原のカヤを使っていて、
各地域に萱場があり大切に保護されていた
という話を聞いたことがあります。
そして、阿蘇の大自然、
と思っていた大草原は実は、
人工的に維持されていたのです。
維持されている阿蘇の草原には、
キキョウやヒゴタイなど希少な野草を含め、
多彩な草花たちが生息しているそうです。
阿蘇では、草原に放牧されている
牛の姿をよく見かけますが、
昔から草原の草を刈り、牛の餌にしたり、
敷き藁にしたり、畑の肥料にと利用していたようです。
しばらく前、外国産の牧草が導入されたそうです。
冬枯れの草原の中で、その地域だけが
異様に緑色にしていたそうです。
生態系も壊れていったり、
牛の生育にも偏りがあるために、
あまり行われなくなったとのことでした。
ドイツにもいたるところに草原があり、
リンゴやナシの木が生えていました。
春にはタンポポやノコギリソウなど
様々な花が咲いてきれいでした。
もちろん、リンゴやナシの木も花盛りです。
ドイツでは、ある時期までは
草原の中に入らないという申し合わせがあり、
草を刈って干し草を作るまでは大切に守られていました。
阿蘇の草原を守るために、
一番必要なことは野焼きだそうです。
3月ごろ、草原に火を入れていくそうです。
火が燃え広がらないように
一定の幅に草を刈らなければいけません。
また、風向きが変わったりすると
火の手がやってきたりと、労力と危険が伴う仕事だそうです。
高齢化が進んだり、酪農をやめる人たちがいて、
人手が足りず、野焼きができず、
放置されているところが出てきていて、
森林化が進んでいるとのことです。
阿蘇からしばらく離れた温泉地として有名な
湯布院にある塚原高原では、
お年寄りが野焼きの時に数人亡くなるという事故が起きました。
今、様々な取り組みをしているそうです。
阿蘇の草原の草を食べて育った牛たちや
そのたい肥を使って育てられた農産物のブランド化。
地域の小学校などで草原に関する学びの場を持つこと。
対外的な広報活動やセミナー、
見学会の開催。野焼きボランティアの募集と育成、
などが行われているそうです。
阿蘇の草原が世界的な
農業形態の遺産として登録されたことも
追い風になっているようです。
人と自然との共同作業で生まれてきた景観として、
水田の風景や麦畑や様々なものがあります。
阿蘇の大自然の草原に様々な人たちのドラマが結びついている、
と思うと何とも感慨深いものがあります。