第54回 夏の夕暮れの夢

 

数日前、入道雲がニョキニョキと育った日がありました。

いつもは地上1000メートルあたりに暮らしながら、自分の頭のはるか上に、

遠くの世界から流れてくる風によってできる雲たちを憧れとともに眺めている雲は、

唯一夏の間だけ、地上の熱を携えて大きな巨人に成長し、

今まで眺めていた世界に自分の頭と体を実際に送り込みます。

今まで到達することのなかった高い高い空の領域まで、

一つの雲の層を破り、さらに高い層の到達する様はなんとも圧巻です。

それまで、地上近くの暖かくて、濃い空気しか知らなかった雲は、

希薄で冷たくて音がない世界まで自分が携えたエネルギーを使いながら、

お日様の光に助けながら立ち上がっていきます。

あまり高いところまで到達してしまうと、

ふっと気を失いながら自分の頭を風速30メートル以上のジェット気流に流していきます。

 

考えたら、なんとも雄大なアトラクションです。

身長1万メートルの白い巨人が実際に目の前に存在しているわけですから。

あまりの規模のシチュエーションに私たちは意識することを避けてしまっているのでしょうか。

たぶん空の世界を現実の物質的な世界であるという認識をはずして、

なんとなく別世界の出来事みたいに考えてしまうのでしょうね。

 

確かに、山の端まで立ち上がる私たちの物質的な世界は、

細部に至るまで細かく形作られているのに、

雲の世界になったとたんに輪郭から何からすべてがぼやけてしまいます。

 

ぼやけるのは輪郭だけではありません。

地上の出来事が時計の秒針のように動きがわかるのに、雲の動きは分針のようです。

眺めていても、ちっともその動きは見て取れないのに、

ちょっと目を離しているととたんにその姿を変えてしまっています。

ある夕方、入道と出会いました。

車を走らせながらチラッと見てしまった私は、

もうその場を知らない顔をして通り過ぎることはできませんでした。

山間の道を走らせていた私は、

安全な場所に車を止めるとこの入道雲展望所にやってきました。

もちろん、チラッと見てしまった場所です。

展望所でカメラを構えながら(ここは撮影可能な場所みたいです。)その姿に注目しました。

なんともいえず、その色合いに惹かれてしまったのです。

その横には月が静々と鎮座していました。

 

入道雲に比べたら月なんて本当におとなしいものです。

とっても行儀のいい子供に見えます。

「しずかーに夕涼みをしながら、これからどう一夜過ごそうか?」

済ました顔をしながら考えている月にたいして、低俗な言葉で笑っています。

「ホ・ホ・ホホホ、ヒャハ これはこれはお静かなお月様。

この夕暮れにこんな場所で、いったい何をなさっていらっしゃるのかな?」

月「……」

入道「ヒャッホゥ!」「見るからに上品な……」

 

 

そういうや否やおもむろに力こぶを示しながらその腕でお月様をつかもうとする。

「お月様、大ピンチ(その割に、お月様、ポーカーフェイス。)!」

 

 

その瞬間、入道雲に魔法をかけていたお日様が沈み、

力を失った入道は、フツと自分の意識をなくしていくのでした。

入道「むむむ……残念。」

月「……」

 

2006.07.21.

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