皆さんは夢を見るのは好きですか?
怖い夢を見るので嫌いな人もいるかと思いますが、私は大好きです。
ありがたいことに、怖い夢はほとんど見ません。

能天気だからでしょうか?

朝起きて、今日は夢を見なかったと思っても、頑張って思い出そうとします。
何かのきっかけで、夢の一部をひっかけて、
そのあとずるずると思い出すこともあります。
夕方に思い出すこともあります。
楽しい夢は、何度も思い返したりします。
たまに、興味深い夢を見たときには書き留めたりしています。
それ以外に、本当にまれに、とても変わった夢を見ることがあります。
白日夢、もしくは白昼夢と呼ぶべきものでしょうか。
でも、調べてみると白日夢や白昼夢とも違うようです。

まあ、しいて言えば、
飛行機や列車に遅れる夢はたまに見ます。
多いのは、講座をしている夢、
研修会に行っている夢、
車を運転している夢などです。

先日は七夕でした。
仕事を終え、夜遅く車で帰っているときの事でした。
ふと、夢の内容を思い出しました。
「こんな内容だったよね…」
「えっ?」
「待って!」
「眠っていなかったから、夢、見てないんだけど…」

睡眠不足で頭がもうろうとしているわけではありません。

車を運転して眠くなる時がありますが、
この時は全く眠くありません。
なのに、次から次に夢の内容を思い出していきます。
「そういえば、こんなのも見た。」
「こんなこともあった。」
次から次に思い出していきます。
前に見た夢を思い出している感じですが、
ひょっとすると、今の瞬間に見ているのかもしれません。
なんとも不思議な体験です。

修行のたまもので、
無意識の世界が垣間見られるようになったのかもしれません。
というか、そういう修業はしていないのですが…
子どもの頃からやっていた日向ぼっこという瞑想修行も
最近は忙しくて、それに暑いので、やれていません。
修業とは関係ないのかもしれません。

これまでに、このような体験が何度かありました。
一度目と二度目は教室の最終日で、子どもたちと別れるときでした。

ということは春ですね。

最後の挨拶をして、車で帰るときに、次から次に夢が染み

もう一度は過酷な水行をした時でした。
本来は、ホットワラーで水行をするのですが、
この時は渓流の冷たい水で行いました。
死にそうな形相をしながら(誰も見ていなかったし)
ゆっくりと冷たい水に浸かりました。
水に浸かると、少し慣れて来て泳いでみたりしました。

そして、上がって体を拭き始めた時て来たかのように、
たくさんのことが思い出されました。
その時は、止まった宿の息子さんが出て来て(会ったことはない)私と会話しました。
今思うと、あれは一つの洗礼体験だったような気がします。

冷たい滝修行をしている人たちも、
同じような体験があるのか聞いてみたいところです。

温かい水行の時はいろんな考えが湧いて出てきますが、
まだ夢が破れる体験はありません。

イエスをヨルダン川で洗礼した洗礼者ヨハネのことが思い出されます。

ドイツの教員養成時代に聞いた話を覚えています。

洗礼者ヨハネはヨルダン川で人々に洗礼を与えていました。
話によると、ヨハネは洗礼を受ける人をヨルダン川に頭まで漬け、
仮死状態に近くなるまでそのままにし、引き上げていたそうです。
そして、その間にその人の人生を走馬灯のように見せたそうです。
イエスはヨハネに洗礼を受けたときに
キリストの精神が宿った、とも聞きました。

ヨハネ祭が夏至の頃に行われていることから、
夏の洗礼のイメージもありました。
イエスキリストがヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けた出来事も、
夏のイメージを持っていました。

太陽が高みから世界を明るく照らし、
辺りは広い河原から荒野に続いていて、
浅くて幅の広い川がさらさらと流れているイメージです。

良く調べてみると、
洗礼者ヨハネが生まれたのが夏至の頃で、
イエスキリストを洗礼したのは冬だったようなことが書いてありました。

「えっ?」
{冬?}
まあ、冬でも暑い地域だから日本の夏のイメージでいいのでは…
水は冷たかったのかな?

たぶん、世界には自在に夢の世界を引き出せる人がいるのだと思います。
修行をしていない私でこうですから。
昔の人はこのような意識状態で暮らしていたのかもしれません。

シェークスピアの作品に『真夏の夜の夢(夏の夜の夢)』
というものがあります。
何となく心を惹かれる題名です。
たくさんの妖精が輪舞しているかのようです。
調べてみると、
真夏ではなく四月の終わりから5月頭の頃のお話のようです。

意外なことが多いですね。

そう、話をヨハネ祭に戻すと、
6月24日のヨハネ祭の前夜には大量の木を燃やし、
空高く炎を立ち昇らせるそうです。
そして、その灰を被ったものは一年間健康でいられるそうです。
なんだか花咲か爺さんのお話のようですね。
山伏たちが行う護摩火焚きのようでもあります。
キャンプファイヤーとも関係がありそうです。

長い時間をかけて太陽から光や熱を受け取って大きくなった木が、
地上的な形をなくし、
その光と熱を一瞬にして空に返していきます。
太陽に対する感謝のお祭りのようでもあります。

R・シュタイナーの魂の暦から
ヨハネの雰囲気の週をご紹介します。

第12週 6月23日~29日 ヨハネの雰囲気 

世界の美しさの輝き
それは私に、自分自身の中に息づく神の力を
魂の奥底から世界の広がりの中へと解き放つように働きかける。
そして、私は自ら、自分自身を置き去りにする。
信頼を胸に、世界の光と世界の温かみの中で自分自身だけを探しながら。
           (R・シュタイナー、井手訳)

この<信頼を胸に>という言葉がとても好きです。

どうやったら世界に対する信頼を得ることができるのかは分かりませんが…

2025/07/18 井手芳弘

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