相変わらず暑い日が続く中、
仕事で仙台へ出かけていきました。
もちろん仕事です!

会場では、一年に一度お会いする方々と、
「七夕みたいだね。」
と言いつつ、お互いに懐かしみ合います。
時は折しも、仙台七夕まつりの直前でした。

今回は仙台在住の方々との懐かしい再会や、
ライアを愛好されている方の来訪もあり、
充実した日々でした。

仕事でしか出かけられない私は、
この夏の機会を利用して、
毎年唯一の研修を行っています。

とても厳しい研修です!

今回は奥の細道をたどって、
奥州平泉に向かいました。

松尾芭蕉が
「夏草や兵どもが夢の跡」
と詠んだ、奥州藤原氏の栄華を極めた場所です。

仙台での仕事を終え、<横田や>さんに寄りました。
仙台市にある、絵本と玩具の店です。
タクシーを拾おうとした時点で、
携帯がプッツン!
三日間の激務が祟ったのか?
いや、昨晩充電をし忘れたようです。

タクシーを拾って
横田やさんにお願いします!」
というと
「わかりました。」
という返事。
良く知られたところのようです。

店に着くと、挨拶早々、
電源をお借りして充電することに。
(モバイル充電器買おっと!)

充電しながら、
店の本やおもちゃを見て回ったり、
お話したりします。
もともと醤油屋さんの建物だったようで、
とてもいい雰囲気です。
来店されている親子連れの方々も楽しそうです。

何とか15%ほど充電し、
ここから平泉への経路を探します。
仙台駅まで行かずに、
途中でバスを乗り継ぐルートが出てきます。
ええっ!
バス乗り継ぎ?
訳が分からないまま、とりあえず、急いでバス停へ…
ちょうどバスがやってきたので、
大きなスーツケースを引きずりながら走って、
乗る意思をアピールします。

バスの中で、ルートの研究です。
どうも、新幹線の代わりに、
高速バスを使うルートのようです。
新幹線に乗っても同じ時間に着くようです。
おまけに格段に安い!
少しづつ霧が晴れたように明らかになってきます。
1時間に1本のバスのようで、グッドタイミングです。
決まりです!

普段の善い行いのせいでしょう。

バス停には長い列ができています。
並び方が分からないので質問します。
どうも長蛇の列は市内バスのようです。

別の場所に立っていると、
数分遅れでバスが到着しました。
「荷物は荷物室に!」
と言われたのでトランクを置いて待っていると、
さらに
「自分で入れてくださいね。」
とのアナウンス、
自分で入れるのは初めてです。

高速バスを1時間半ほど乗り一関に着きます。
そこから平泉まで東北本線各停で数駅です。

平泉の駅についてホテル武蔵坊に電話を入れると
車で迎えに来てくれました。
それも大きなワゴン車に 私一人です。
とても親切です。

運転をされている人に
「今の季節は人が多いでしょう?」と質問すると
「今はお盆前で、観光客が少ないんです。」との答え。
「夏休みなのに?」と訊くと、
「暑くて大変なんでしょう。」 との答えでした。

東北地方も37℃と異常な暑さに見舞われています。

到着が8時頃になると電話連絡を入れていたので、
まだ夕食を準備してくれていました。
とても親切です。

食堂にはあと1組しか残っておらず
広々とした中で静かに食事を堪能しました。
係の人に
「平泉は静かでいい所ですね。」と言うと
「ネオンはありませんが、星がきれいですよ。」
との答え。
「私も田舎に住んでいるのでネオンありません。」
と仲間意識です。

<ずっとこの地に生まれ育った人たちは
この土地をどのように感じているのだろうか?>
とふと問いが生まれました。。
そして、
<今は田舎となった中で、
この平泉という貴重な歴史を抱えている土地に住んでいる人たちは、
どのような想いを持っているのか?>
が気になります。

たまたま、対応していただいたスタッフの方と
お風呂で話す機会がありました。
その方は別のところから通われていて、
花巻の話題になりました。
花巻の人たちが誇りにしているのは宮沢賢治だそうです。
当時は見向きもされなかった人が、
今ではすべての人が誇りにする人になっているのは、
なんとも不思議な感じです。

「今では大谷選手です。」
「えっ?」
「大谷選手は花巻近くの出身なので。」
「そうなんだ…」
みんな知っていることかもしれません。

そもそも、なぜ私が平泉に行こうと思ったかというと、
福岡市美術館で開かれていた平泉展があったからです。

そのときは、
<北の最果ての地に仏教の理想世界を求めて作り上げられた
荘厳な建物や寺院と仏像たち>
という印象を持ちました。

次の日、荷物を預けると、
時折雨がばらつく中、
傘を借りてまず 毛越寺(もうつうじ)へ向かいました。
ホテルからすぐ近くです。

途中 広々とした公園に大きな池があります。
その中を横切って歩いて行きます。
草刈りされたばかりでとてもきれいです。
(向こうでは草刈り作業をしています)

観自在王院跡というところです。
二代基衡公の奥方が立てた寺院があった場所です。

池の形は昔の庭づくりの教科書に従って、鶴の形に作られていました。
ちなみに、その教科書には「池は鶴か亀の形にするべし。」
と書いてあったそうです。

次第に、平泉の歴史が明らかになっていきます。

平泉は平安時代末期に奥州藤原氏 三代によって築かれたものです。
奥州藤原氏の三代目秀衡があの有名な源義経をかくまったそうです。、
秀衡から 義経を庇護するように と言われていたのに、
四代目の泰衡は源頼朝 からの 再三のプレッシャーに耐え兼ね、
その約束を破って 義経の館に兵を送り自害に追い込みました。

結局、その後、義経をかくまったということで頼朝は兵を送り、
最終的に泰衡は家来の謀反によって討たれたそうです。

そのため 平泉には弁慶の墓や義経の亡くなった場所も存在します。
江戸時代になり 松尾芭蕉がこの地を訪れ、
夏草や兵どもが夢の後という有名な句を残しました。

ここで、昔NHKの大河ドラマに出てきた
義経と弁慶が記憶から呼び覚まされ、
中学(?)の教科書に出てきた奥の細道の話がつながり、
より興味深いものになります。

池沿いに歩くと、 紅葉の樹の下に一輪の花が咲いています。

{ふむ!}
と立ち止まり、
俳句を作ってみます。
気分は奥の細道です。

一輪の花が想うか 鶴が池
一輪の花が残って 鶴が池
一輪の思いを残す 鶴が池
在りし日の平安想うか花一輪

どれがいいかな…

2025.08.11.井手芳弘

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