第68回 ドイツ旅行<メルヘンの教訓>

何とかドイツ出張旅行から帰ってきました。

2月1日木曜日から出発して9日の金曜日に戻ってくる駆け足の旅でした。

傍から見ると<旅慣れたドイツ旅行>って、なんとなく聞こえはよくて、かっこいい感じですが、

結構大変な目をすることが多く、ギリギリの状況に追い込まれることが多々です。

ドイツに行ってまでどうしてこんなにつらい目に会わなきゃならないのかなとふと思います。

一日中気を張り詰めさせっぱなしだし、相手にも気を使うし、

今までの怠惰な私をとにかく持ち上げて周りと格闘していかなければなりません。

多分修行をしに行っているのでしょう。

まだ修行しなければならないことがたくさんあるようです。

 

旅行に出かけると、まず今まで経験したことのないことに出会います。

色んなことを知っているつもりでも、やはり新たなことが訪れます。

新たなことに出合ったときは、今までの経験からの知識はまったく役に立ちません。

50歳を過ぎても無力?って感じです。

それとも新しいものに出会わなきゃいいのかもしれませんけれど。

ひょっとして役に立つのは、経験を通して生まれた<物を捉える道筋>だけです。

それと役に立つのはメルヒェンです。

え?メルヒェン?よりによってメルヒェン?って感じですよね。

 

福岡空港から関西空港、関西空港からアムステルダム空港、

アムステルダムからニュールンベルクへと乗り継いでいったのですが、

アムステルダムの空港でドイツへの出国のためのゲートを通るために並んでいました。

そこで、荷物売りのような人が手にビニール袋とチラシを手に持ってうろうろしながら、

待っている人たちに声をかけているのです。

私は、しょうもない物を売っている人だろう

(今まで何度となくそのような状況に遭遇したことがあるような気がするから)と思い、

何も聞かずに首を横に振り、私は関係ないとばかりその場を立ち去りました。

 

それからパスポートのコントロールを抜け、荷物検査の段階になって、

リュックの中に入っている日本酒が引っかかったのです。

空港の職員は、液体はビニールで包装しないでそのまま持ち込んではいけないというのです。???

私はかなり抵抗しました。

そんなことは聞いていないし、去年来たときはそんなことは言われなかったと。

するとその規則は昨年の10月ぐらいからだ、というのです。

もちろん許してもらえるわけでもなく、時間もなく、

その場で飲み干すこともできず、泣く泣く廃棄する羽目になりました。

そして、あの売り手(今考えると空港の職員だったかもしれない)の話を聞いていれば

こんなことにはならなかったのに、と突然売り手の顔が道端にたたずむ小人に見えてきました。

「王子様 そんなに急いで どこへ行くんだい?」

兄の王子はその小人に「そんなことお前に関係ないだろこのチビ!」といって通り過ぎ、

その王子は小人に悪い魔法をかけられます。

一方弟の王子は小人を一人前の個人と認め、話をきちんと聞いて、

小人に探し物のありかとそこへたどり着く方法を教えてくれます。

ああ、あの小人を軽視せず、話にきちんと耳を傾けておけばよかった、と深く反省しました。

 

廃棄したお酒への未練を残しつつニュールンベルクの空港にたどり着いたのは夜の10時。

日本を出発して20時間がたっていました。

昨年は着いてツーリストインフォメーションで宿を探す、という恐ろしいことをやりましたが、

今年はさすがに到着時はそこもしまっているし、

事前に個人宅にホームステイする宿を日本から連絡して取っていました。

その方はニーダーマイアーさんといって、なんと空港まで車で迎えにきてくれていました。

そこではとても親切にしてもらい、朝ごはんのときについ話し込んでしまい、

何度も車で駅まで送ってもらいました。

 

 

この写真はドレーオルゴールといって、

取っ手を回すとパイプオルガンのようなかなり大きな音がします。

つれづれでも紹介しましたが、メッセ会場から駅に通じる通路でおじさんが演奏しているものです。

メッセ会場の中では7、8年前に出会ったきり出会えなくなっていたのです。

今回再びメッセの会場で出会いました。

この響きはなんとなく古いヨーロッパの暗い明るさを感じさせる気がしてとても好きです。

いつしか、このオルゴールをペロルの店先に、という思いが強くなっています。

利益につながらないことばかり考えているような気がします。

大丈夫だろうか?

 

2007.02.16.

 

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