どれだけの時間がたったでしょうか。
真夜中のように真っ暗となった空の下で、ウサギたちは右往左往しています。
いつもの夜ならば青白い光に満たされるのですが、
このときはオレンジ色の不気味な色が月面一帯を覆っているのでウサギたちの狼狽もひとしおです。
「ああ、なんてこった、おしまいだ、太陽が消えてしまった。」と絶望するウサギ。
ああ、「あの時、こんな暑い太陽なんて消えちまえばいい。なんて言わなければよかった。」
と後悔するウサギ。
「お前が仕事をサボりすぎたから神様が怒って世界を終わらせたのだ。」とほかのウサギを攻めるウサギ。
恐怖に恐れおののき、ただひれ伏しているウサギ。
もうおしまいだ、とばかりに今搗いたばかりの団子を口の中にたらふく詰め込み苦しんでいるウサギ。
「ああ不思議だ、不思議な光景だ。」と大喜びしてそこらを歩き回っているウサギ。
そのとき子どものウサギがいいました。
「おじいちゃんがいない。」
ほかのウサギたちもそれに気づいて、「そうだ長老がいないじゃないか。」と口々に言いました。
そして、「長老に聞けば何かわかるかもしれない。」と歩き回っていたウサギが言うと、みんなで長老を探しました。
ウサギたちは洞穴の入り口のところで静かにたたずんでいた長老ウサギを見つけると
「これは一帯どうしたことだろう。」と聞きました。
「この後世界がどうなるのか知りたい。」とも言いました。
長老はそれを聞いて、静かに言いました。
「これは日食というものだ。なんでも、あの青い地球に太陽が食べられてしまうそうだ。
しかし心配することはない。太陽は地球に食べられた後すぐにまた出てくるからの。」
と言い、みんなを安心させてくれました。
「そうさなあ、あれは40団子(1団子は月の一日の単位で、地球の時間にすると約一月)ほど前のことになるかのう。」
「今日と同じように、真っ暗になってのう、オレンジ色の地球のリングができたんだ。
わしも若かったからそりゃあ、ぶったまげたもんだ。」
それを聞いて、ウサギたちの中から安堵した歓声があがりました。
そして口々に「よかった、よかった。」という声が上がりました。
「そう。」「わしゃ見てみたいものがあるんじゃよ。」長老は続けました。
「あの知恵の谷に書き記されていたことなんじゃが・・・」
知恵の谷とは伝説の谷で、長老に選ばれたものだけがいくことのできる谷です。
ほかのウサギたちはその存在があることさえ知りませんでしたので、話を聞いてとても驚きました。
そこは高い崖に周りを囲まれ誰一人としてその中に入ることができない谷なのです。
そこには、長老になったときに一度訪れることが許されるところで、
谷底の砂地には代々書き続けられた文字が整然と並んでいました。
月の表面では、時折小さな地震がある以外は、雨も降らなければ風も吹かないので、
一度書いた文字は消えずにずっと残り続けるのです。
しかし、ウサギが歩けばすぐに消えてしまうので、
文章の間にはきちんと道が作られていて、そこを辿ってさまざまな文章と出会うことができるのです。
その文章は長老交代のときに二度目に訪れたときに、
それぞれの長老が自分の経験の中でとても大切な一文を書き記すことが許されるものです。
「その中に、満地球にことが書いてあってな、
煌々と青く輝く満地球に突如真っ黒な丸い怪物が現れてゆっくりとその上を歩いていくのだそうな。」
「もしあの地球に生き物が住んでいるとしたらさぞかし驚くだろうて。」
「あの青い地球になんか生き物が住んでいるなんて迷信だ。」と一羽のウサギが叫びました。
そうこうしているうちに、オレンジの輪っかだった地球が再び虹色の輪に変わり
明るく輝くオレンジ色の部分から眩い太陽が顔を出したとたんに、辺りは一瞬に昼間の世界に変化しました。
ウサギたちは歓声を上げ、また洞穴の仕事場に戻っていきました。
後には、一匹のウサギが、消えてしまった地球のわっかを一生懸命に探していました。
おわり
2007.10.05.