89 羊飼い2

男の子は、この羊をいつも連れて歩いた。

どこへ行くにもすぐ横で歩かせた。

周りの子どもたちは、

ただでさえ風変わりなこの少年を「いつも変な羊を連れている変なやつだ。」と囃し立てた。

そんな時はいつも、ただ黙って、少し悲しそうな目をして、子どもたちの横を通り過ぎていった。

もちろん焚き火のときはいつも側においておいた。

焚き火のあと星を眺めながら、その羊の温かみを感じていた。

男の子は星々の語りかけに応えて笛を吹くときに、

今までに自分が吹いたことのないメロディが浮かんでくるのに驚くことがあった。

年も押し迫ったある夜のこと、羊飼いの子はいつものように焚き火の後、星を眺めていた。

その夜はいつにもまして、寒さが厳しく、その代わりに星空は抜けるようだった。

羊たちと身を寄せ合って、その中で男の子はいつものように笛を取り出した。

その日はいつになく、いろんなメロディーが浮かんできて、夢中で笛を吹いた。

眠りについたその後、男の子は夢を見た。

星空がより明るく輝いたかと思うと、

その輝きが天使の黄金色の羽と白い衣に変わり、天使が姿を見せた。

天使はやさしく笑いかけると、こう言った。

「お前は本当に、良い子だね。お前のそのがんばりに対して、とてもすばらしい栄誉を与えよう。

一年後の今日、私たちとお前たちのために救い主がお生まれになる。

お前はその救い主に捧げ物をする栄誉を与えられた。

春になったら、お前の連れているその金色の羊を毛を刈って、それで布を織りなさい。

そして、その黄金の布を救い主をくるむ布としてささげるのだ。」

男の子は飛び起きた。

辺りを見回したが、相変わらず空には煌々と輝く星たちがひしめき合っていた。

あたりが静まった中で胸の鼓動だけが高鳴っていた。

次の日、男の子は息せき切って長老のところへ出かけていった。

そして、その夢のことについて尋ねた。

長老は「ひょっとすると正夢かもしれない。がんばってみるんだね。」と後押しをしてくれた。

それから、男の子はその夢のことが頭から離れなかった。

どうひいき目に見ても薄茶色の羊は金色には見えなかったけれど。

自分の兄弟の世話や家の仕事、羊の世話をするときも、このことを考えていた。

そして、あたりがたくさんの花たちの香りでむせ返るころ、

男の子はその羊の毛を刈って、布を織ることを決心した。

その子は羊のことだったら何でも知っていた。

しかし、羊の毛を刈ったこともなければ、それを紡いだり、ましてや織ったことなどなかった。

さっそく羊の毛刈りをしているところに出かけていって毛を刈ってもらおうとしたけれど、

刈ってもらうだけのお金もなかったので、

そのやり方をじっと眺めて家に帰って、家のはさみを使って毛を刈った。

薄茶色の羊は、その子の気持ちがわかるかのように、じっと毛を刈られるのを待っていた。

糸紡ぎは更に大変だった。

途方にくれた男の子は村の広場に出かけていった。

広場では、女たちが糸紡ぎをしていた。

男の子がやってくると、みんな変な顔をしてその子を見た。

男の子は、気にしないそぶりをしながら、

意を決して女たちに「糸紡ぎのやり方を教えてくれないか?」と尋ねた。

女たちは、突拍子もない申し出に、大笑いをして面白がり、誰も相手にしてくれなかった。

男の子は、肩を落としながら家に戻ると、見よう見まねで紡ぎゴマを作り、

自分で紡ごうと試みたが、まったくうまくいかなかった。

やけを起こして、その紡ぎゴマを地面に投げつけると足で何度も踏みつけた。悔し涙がほほを伝った。

そのとき、ふと後ろに人の気配を感じた。

振り返ると、一人の少女が木の側に立っていた。

少女は恐る恐るその子に近づくと、黙ってその紡ぎゴマを手にすると、器用に羊毛を紡ぎ始めた。

男の子は、その手が魔法のようにすばやく動き次から次に糸が生み出されるのをただ、呆然と眺めていた。

女の子は、その子に糸紡ぎのやり方を教え、更に布を織る方法を教えた。

男の子は教えられるがままに糸を紡いだ。

とっても不器用な出来だったけれど。

羊たちの番をしながら、少しずつ紡いでいった。

糸紡ぎが終わると機織りをした。

腰に糸を掛けて織る原始的なやり方だったが、まったく苦痛ではなかった。

それどころか、救い主のための捧げ物を作っているんだ、という思いで、とても楽しく感じられた。

今までに味わったことのない楽しさだった。

もちろん、周りの子供たちはますます、その子を変人扱いにしたけれど。

その布は、周りの木々が色づくころ出来上がった。

やっと赤ん坊を包むことができるほどの大きさだった。

母親や兄弟たちに許しを請うと、年が押し迫ったある日、

まだ、星が瞬く朝早く、男の子は自分の羊たちと別れ、旅に出かけた。

背中には、その布とわずかばかりの食料を背負い。

エルサレムには3日かかった。

途中、野宿をしながら歩いた。

夜は星たちがやさしく取り包んでくれた。

男の子の心はすでに高鳴っていた。

まだ見ぬエルサレムの賑わい。

その神殿の荘厳さ。そして、たくさんの神官たち。

それらのことを思い浮かべるたびに、とても幸せな気持ちになった。

ただ、羊たちから離れて初めての旅だったので、残してきた羊たちのことがとても気がかりだった。

 

 

2008.01.04.

 

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