217 再びドイツ研修 パート3

ボーデン湖畔を離れ、

シュツットガルトのペロルさんところを訪れました。

ペロルさんは今年91歳になられるそうで、

夕食をご一緒することが出来ました。

今回はペロルさんの息子さんのお宅に

泊めていただきました。

ペロルさんの息子さんは容器関係の

会社に勤められていますが、

朝から夜まで仕事をされているようで、

そのように仕事をするドイツ人はたくさんいるそうです。

私はドイツ人は定時までしか

仕事をしないと思っていましたので改めて驚きました。

デーブスさんにもお会いして

お話しを聞きました。

シュツットガルトで日本人のための

集まりを月に一度行なわれているそうです。

メリンガー出版社にも寄ってきました。

メリンガー社のサンボ氏は4月1日が

誕生日だと言うことで、

アメリカやイギリスにいるお子さんたちが

集まってこられていました。

誕生日ケーキを一緒に食べさせていただきました。

この後、

今回特別にイギリスのハロゲートという町に知り合いを訪ねて出かけてきました。

ロンドンは数日間滞在したことがあるのですが、

それ以外の土地に行くのは初めて、

ロンドンから北に離れた由緒ある田舎町ということで、とても楽しみでした。

まず、マンチェスター空港に降り立ちました。

改めて気がついたことですが、

イギリスの空港の看板は英語だけで、

とてもすっきりしています。

他の国の看板はほとんどが少なくとも2カ国語で書かれています。

イギリスの三つ星ホテルを体験しました

(ホテルは大体二つ星に泊まっています)。

ホテルにはイングリッシュティーのティーパックと

ミルクのパックが置いてありました。

イングリッシュミルクティーを堪能しました。

翌日は、ヨークの街を案内してもらいました。

ヨーク知らなかったんですが、

この街はとても由緒ある街らしく(イギリスの京都のようなまち)、

イギリス第二の教会があります。

城門を抜けると古い街並みの中心にその教会がそびえています。

たくさんの観光客が訪れる街で、

土曜日だったせいもあり、街の通りは人でごった返していました。

ヨークという名前は、ヨークシャテリアという名前で聞き知っていますし、

マンチェスターという言葉も歌や、

いまだとサッカーのチーム名としても有名です。

その町の博物館を見学しましたが、

今私たちが使っている道具や機械のもとになったものが、

ほとんどイギリスで発見されたものであることを改めて再認識しました。

 

考えてみると、英語は国際社会になくてはならない言葉ですよね。

この小さな島国がいかに世界に影響を与えたのか、

ということを考えると驚くばかりです。

ヨークでも三つ星のホテルに宿泊しました。

いよいよハロゲートです。ヨークから列車で30分、

なだらかな丘陵地帯と牧草地を

横目に見ながらのんびりと時間が過ぎていきます。

それまでの風景とは裏腹に、ハロゲートは町でした。

ハロゲートはとても住みやすい街らしく、

仕事をリタイアした人たちが

この町に家を建てることが多いそうです。

治安もイギリスの中では一番いいそうです。

イギリスでもっとも有名な紅茶の喫茶店を

横目に見ながら知り合いの働く四つ星ホテルへと向かいました。

招待でそのホテルに泊まることになりました。

生まれて初めての四つ星体験です。

そのホテルのレストランはアジアンレストランで、

東洋人の一流シェフが腕をふるっており、

ハロゲートでも1、2を争う人気のレストランです。

そのレストランで夕食を取ることにし、その前に街を案内してもらいました。

ホテルのすぐそばに公園への入口があり、

そこから中に入ると、日曜日ということもあって、

家族づれなどのたくさんの人が散歩をし、

公園内のカフェでおしゃべりしています。

それから、どこまでも、

どこまでも芝生が続く公園を散歩しました。

春にはまだ早いようでサクラの花は

まだ咲いていませんでしたが、

かわいいクロッカスが顔をのぞかせていました。

公園のはずれのベンチにやってきました。

そのベンチは、やけに大きく存在感があり、

そこから公園が広く見渡せました。

公園の始まりにどっしりと腰を下ろしたベンチがある。

そのベンチはずっとその場所にあったかのように

威厳と落ち着きを持ってその場にたたずんでいる。

たぶん、すこし微笑みながら…

日本から一万キロ以上離れたこの地で、

そこで生まれ、そこで生きている人たちの、笑い声と喜びを見守り続けながら…

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