238 春まぢか

光は何のためにある?

それは、物がはっきり見えるために。

だって、光がなければ何にもない。

自分だってみえない。

自分の手も見えないし。

自分の足も見えないし。

自分の顔も見えない。

まあ、光があっても

顔は見えないけどね。

物は何のためにある?

それは、光があることがわかるため。

だって、物がなければ何にもない。

自分だって見えない。

自分の手も見えないし。

自分の足も見えないし。

自分の顔も見えない。

まあ、身体があっても

顔は見えないけどね。

この世界は、二つのものが分かちがたい姿で存在している。

それは、どちらでもない。

二つのものが合わさった、

でも全く別のもの。

空(くう)と水と粒が出会った空気が

光を混ぜ込むことで、

得もいわれぬ秘密めいた青い色に色づきながら

私たちを取り巻いてくれる。

優しく、優しく取り巻いてくれる。

朝日がガラスのついた障子にあたる。

そういえば、高校時代の楽しみは

窓から朝日が差し込み、

白いカーテンに窓枠の影が

美しい紫色に染まっているのを見ることだった。

障子は不思議な存在。

まるで、ひなたぼっこの代行業者

柿の木の枝先の影が、

風にそよぐ。

感じるのは、光?

感じるのは、風?

感じるのは、光を受ける枝先?

感じるのは、遠い遠い背中の温かみの記憶。

でも、その前にガラス。

ガラスは、ボーッとした曖昧な世界を

クリアーなものに変える。

そこに射している光や影の質を

像という形でクリアーに見せてくれる。

泉の鏡を立てることができたのは、

人間最大の発明の一つ。

私はどこ?

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