あっけなく6月の末に梅雨が終わってしまいました。
そして、突然暑い夏がやってきました。
じめじめした梅雨は早く明けてほしいと毎年思ってきましたが、
こう、あっけなく終わってしまうと、
ちょっぴり物足りないような、
不安なような、
そんな気持ちになってしまうのは貧乏性なのでしょうか?
いずれにせよ、水不足と電力消費の増加が心配です。
梅雨が明けた日、
途端に空気がクリアーになっていくのを感じました。
そして、木々の深い影が差しています。
あの秋口の、吸い込まれていきそうな、
別の世界にいざなう、そんな影です。
暑さと秋の深い影が夏の雰囲気を作っている、
と常々思っていましたが、
まさか、6月の終わりに、
すでにそのような影が訪れるとは考えてもみませんでした。
夏の楽しみは、
というとやはり雄大な入道雲でしょう。
空を突き抜けて上昇していく純白な物体を眺めていると、
自分の中の何かも突き抜けていくようです。
気持ちという言葉がありますが、
まさに雲を支えている空気そのもののようでもあります。
力強い気持ちが巨大な入道雲を支えています。
どこまでも白い入道雲は気持ちを高揚させながら
あたりをその輝きで清めていきます。
それは、祭りの山車のようでもあります。
担ぎ手や踊り手の熱狂のしぶきが山車を揺らしています。
その高みから悠然と入道雲がのぞき込んでいます。
九州では博多山笠が、
夕立に打たれたように、
水で清められながら、
町を駆け抜けていきます。
青森では、稲光に照らされた夕闇の入道雲のようなねぶたが、
巨大な太鼓と踊り手たちにたきつけられて、
内側から熱く鼓動します。
入道雲を見ていると、
遠くから祭りの喧騒が聞こえてきそうです。
なだらかな丘の稜線が立ち上がっていった先に、
あたかもそこを助走して駆け上がっていったかのように
入道雲が浮いている。
やはり、入道雲は高原が似合います。
いろんなところで出会った入道雲や夕立が思い起こされます。
木陰で風を感じながら雄大な雲を眺めていたい。
セミの声も欲しい。
妄想が広がります。
山に行きたーい!
2022/7/15 井手芳弘